希乃(のの)

日記書いてます。たまに、曲紹介とかもしてます。

♭2 手紙

こんばんわ、希乃です。

 

以前からあげるあげる詐欺のように言っていた作品を今から公開しようと思います。

 

次作については、早ければ今週末、遅くても来週末にはとうこうしますので、良ければよろしくお願いします。

 

 

さて、今回の作品の元になった曲は「1行だけのエアメール」という、欅坂46さんの曲です。

 

曲に興味を持っていただけたならそれで満足ではあるのですが、もし良ければ読んでいただけると嬉しいです。

 

では、どうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

「元気ですか…?」

 

たった一言から始まった手紙。送り主の名は「空木美桜」。大学時代の数少ない知り合いであり、離ればなれになって4年も経つというのに未だに好意を抱いている女性でもある。彼女から手紙が来ることは何度かあったが、何度もらってもなれないものである。どうやら彼女は僕の知らない土地で今も元気に生活しているらしい。一緒に同封されていた海岸沿いで撮った写真には、僕と彼女の笑顔が綺麗に映し出されていた。

 

「楽しかったな…。」

 

彼女との思い出が次から次にあふれ出していく。その思い出は僕の大学生活を色づけていて、地味で根暗だった僕にとっては人生で一番楽しい時間だったと言ってもいいほどだった。

 

手紙の線の上に丸く書かれた文字はとても懐かしく、彼女によくノートを写させてもらった事を思い出した。彼女を使って自分は楽していたのかと言われると否定は出来ないのだが、理由はあった。母子家庭で育った僕は、高校を卒業すると同時に就職する予定だった。しかし、母の後押しによって大学に入学、その後は母を少しでも楽させてあげようとバイトばかりの生活をしていたのである。もちろん、奨学金も借りてはいるがそれでも母への負担は大きかった。学業を疎かにすることは申し訳ないと感じている部分もあった。でも、それ以上に僕をここまで育ててくれた母のことが大切だったのである。

 

彼女はその事情を知っていた数少ない1人、いや、唯一と言ってもいい人だった。他の人にも話したことはあるが、事情を知ると遊びに誘いにくいこともあったのか、徐々に距離を置かれた。その中でも彼女だけは僕に優しく接してくれた。彼女がどんな感情を抱いていたのかは知らない。ただ、上辺だけであったとしても僕にとってはそれがうれしかったのである。

 

写真の話に戻るが、これはゼミ旅行の時にとられた写真である。最初は参加するつもりは無かったものの、大学の想い出がないのは可哀想だと思った美桜に半強制的に連れて行かれた。あまり乗り気では無かったのだが、参加してみると楽しいものであっという間の旅行だった。そして、最後の想い出に一緒に撮ろうと言われ、撮ったのがこの写真である。好きな人と一緒に撮ることが出来た唯一の写真。だから、この写真が僕にとっては一番大切で1番想い出深い写真でもあった。

 

「僕が気持ちを伝えていたらどうなっていたのだろうか。」そう考えることが彼女と別れてから何度かあった。例えば、僕が君に気持ちを伝えることが出来たなら、楽しい時間を共有することが出来たのだろうか。それとも、一生連絡を取ること無く人生を過ごして行くのだろうか。答えなんて出るはずもないのに、考えてしまう。こんなに時間が流れても変わっていない関係。ここで僕が君に返事をしたならば、今の関係は変わってしまうのかもしれない。

 

「出来ることなら会いたい。会って気持ちを伝えたい。」

 

そう思って、筆を執る事もしばしばあった。でも、どんな風にどんな言葉で君に気持ちを伝えればいいのだろうか。そう考えるうちに、時間だけが過ぎていった。結局、一通も書き上げることはおろか、書き始めることすらも出来なかった。自分の臆病さに腹が立つ。なぜ、あのときチャンスはあったのに気持ちを伝えなかったのか。なぜ、君への気持ちから逃げていたのだろうか。そうだ。きっと僕は彼女には向いていないんだ。彼女が幸せでいてくれればそれでいい。そう考えた僕は筆を執る事をやめた。

 

この手紙が届いているうちは彼女も僕の事を覚えてくれている。僕の思いが報われないとしても、僕だけは彼女のことを好きでいよう。そう思ったのである。


僕は改めて手紙を読み返す。見慣れた丸い文字がとても愛おしく感じる。

 

「僕なら、元気にやってるよ。」

 

小さな声で一言、天井を見上げつぶやいた。

手紙の文字は小さな水滴でインクが滲んでいた。