♭1 初恋
アイビーカラーさんの「春を忘れても」
を元に描きました。
こちらがリンクになりますが、曲だけでも聞いていただければとおもいます。
時間があって、興味がある方は少し長いですが読んでいただけると幸いです。
初恋
ピピピピ ピピピピ
「…んっ、もう朝か…。」
枕元にあいてある目覚ましを止め、時間を確認する。
「9時5分か…ん?」
確認した時刻に違和感を覚え、寝起きの頭を必死に動かす。3分ほどして、僕は布団から飛び出した。
本来であれば今日は既に家を出て、大事な人と待ち合わせをする時間。寝癖を直す時間ですら惜しいと感じてしまった僕は最低限の準備だけをして家を飛び出した。
待ち合わせ場所は、大学最寄りの駅に接する公園。この公園は桜の名所とも言われており、春には多くの人を魅了する。幸い寝坊はしたものの、公園までは徒歩5分ほどなので少しの遅刻ですんだ。
「ハァ、ハァ、ごめん!」
桜の木の下に見覚えのある姿を見つけて、肩で息をしながら大きな声で叫んだ。
「もー。あれだけ遅刻しないでって言ったのに…。」
その人はこっちを見向きもせず、怒ったような口調で答える。
「ごめんって、悪かったと思ってる。」
「しょうがないなぁ、許してあげよう。」
こっちを振り返った君は、ニコニコして僕を見つめてきた。どうやら、さっきの怒ったような口調は嘘だったようだ。
「ねぇねぇ、ちょっとは焦った?」
ニヤニヤしながら僕の顔を除く彼女。
彼女こそが、僕の大事な人であり、今日お別れをしなければいけない人だ。
今年の3月に大学を卒業した僕たちは、お互い第一志望の企業へと就職が決まった。僕は地元で公務員として、彼女は東京の大手企業で4月から働くことになっている。当然、東京で働くためにはここを離れて一人暮らしをしなければいけない。そして、今日こそが地元を離れる日なのである。
「ねぇ、少し話そうか。」
少し、真剣味を帯びた超えに僕はうなずいて、近くのベンチに腰掛けた。
「…。」
座ったものの喋ることを考えておらず、無言の中で必死に頭を回転させていた。
「私たちが出会った日のこと、覚えてる?」
その言葉を聞いた瞬間、僕の頭の中には当時の記憶が一気によみがえった。
4年前の、4月7日。
晴れて大学生になった僕は地元の大学に通うことになっていた。授業を受けるために家を出て、通学路の途中にあるこの公園を通り過ぎようとしたときに彼女を見つけた。
肩まで伸びた黒髪、白いワンピースにカーディガンを羽織った君の姿。僕の目に映った君の姿は満開の桜がただの背景としか感じられないほど、きれいで…。
そのとき、僕は君に一目惚れをした。
「あのー、あなたって私と同じ大学の方ですよね…?」
視線に気づいたのか彼女が僕に話しかけてきた。
これが、僕たちが出会った日の出来事である。
「覚えているよ、あれからもう4年もたったんだね。」
「そうだよー?君が私のことをじっと見つめ続けていたあの日からもう4年だね。」
「ちょ、そう言われると恥ずかしいだろ…。」
いたずらっぽく笑う君と、少し顔を赤らめながらうつむく僕。
「あの日もこんな感じだったよね。」
そう、会話は違えどこの状況はあの日と全く同じ。あの日から始まった関係は今も買わず続いている。それは当然、僕たちの関係性も同様に。
彼女と出会った瞬間から、僕の世界はがらりと変わった。初恋だった。始めて話したときから、君に見合う男になろうとずっと努力をした。長かった前はさっぱりとした短髪に、オシャレも勉強して服装にも気をつけた。
でも、今までそういった経験が無かったからか告白することなどもっての他、自分から話しかけることで精一杯だった。なんてちっぽけな人間なんだろう。4年間も期間があったにもかかわらず、何も出来なかった。
夏祭りも一緒に行ったし、テーマパークも一緒に行った。大学の4年間をほぼ彼女と過ごした。でも、実際中身を見てみると全て彼女からの誘いばかり。
「…私さ、君に出会えて良かったと思ってるんだ。」
「大学の4年間を一緒に過ごしてくれてすごいうれしかった。」
彼女の口から放たれる言葉に耳を澄ます。
「きっと君がいなければ私はここにいない。何度も君に助けてもらった。勇気も、笑顔も、幸せも。全部…全部君からもらった。」
涙をこらえて話し続ける。鼻をすする音も聞こえ始めていた。
「…気づいてないかもしれないけど、私はずっと君が好きだったんだ。」
衝撃の告白だった。
自分を好いているとは思ったことも無かったし、何より彼女の周りには僕よりもずっといい男がいっぱいいた。
「な、なん「あ、もうそろそろ時間だ、最後だから駅まで一緒に行こうよ。」」
僕の言葉を遮って彼女はそう言った。僕の目に映った彼女の笑顔はいつか泣いているように感じた。
僕は、意気地無しだ。彼女は気持ちを伝えてくれたのに、僕からは何も返せていない。道路の白線の上を歩いている君。ふらっとした君に僕はそっと手を差し伸べた。
「ありがとう、やっぱり君は優しいね。」
そう言って僕に向けられた笑顔。いつもと変わらない純粋な笑顔に自分のわがままをぶつけることなど出来なかった。
「ほっ、よっと、もう着いちゃった。」
彼女のその発言がお別れを指していることはすぐにわかった。
「そう…だね、僕も君と一緒に入れて良かったよ、楽しかった。」
涙をこらえて、渾身の嘘をつく。意気地無しの僕と結ばれたところで彼女は幸せになることなど出来ない。だから、精一杯の笑顔で彼女の背中を押す。
「…じゃあね。」
「あぁ、向こうでも頑張れよ。」
そう言うと、彼女は改札に向かって歩き出す。
頑張れ、耐えろ。そう何度も自分に言い聞かす。自分の気持ちがあふれないように。涙がこぼれないように。彼女の邪魔だけはしたくなかった。
少し歩いたところで君が立ち止まる。
「ねぇ、もし良かったらでいいんだけどさ…。」
彼女は泣きながらこっちを向いて、
「また…あってくれたらうれしい…な。」
その言葉を聞いた僕は、涙を拭おうとする彼女の手をひき、強い力で抱き寄せた。
…今まで伝えることが出来なかった言葉が伝えられるように。